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大分地方裁判所中津支部 昭和44年(ワ)167号 判決

原告

崔順南

ほか四名

被告

吉原嘉則

ほか一名

主文

被告らは各自原告崔正義に対し金七四八、八一〇円およびこれに対する昭和四四年九月三日以降完済まで年五分の金員を支払え

原告崔正義の被告らに対するその余の請求、およびその余の原告らの被告らに対する請求はいずれも棄却する

訴訟費用は二分し、その一を被告らその余を原告らの連帯負担とする

この判決一、三項はかりに執行することができる

事実

一、当事者が求める判決

(一)  原告ら

被告らは各自原告崔順南に対し金二、〇三七、七一三円、その余の原告らに対し金九一五、〇八五円づつおよび右各金員に対する昭和四四年九月三日以降右完済まで年五分の金員を支払え

仮執行宣言申立

(二)  被告ら

原告らの各請求を棄却する

二、当事者の主張

(一)  原告ら

「請求原因」

(1)  昭和四四年一月八日午後五時二五分項中津市大字相原三三六六の六番地先道路上において自転車に乗つて進行中であつた崔玄日は被告吉原嘉則運転の普通乗用車(以下、本件自動車と略称)と衝突した。

(2)  右事故により崔玄日は頭部外傷Ⅲ型などの傷害を負いそのため昭和四四年九月二日死亡した。

(3)  右事故は被告吉原嘉則の過失(前方不注視など)により発生したものである。

(4)  被告吉原正生は本件自動車を自己のため運行の用に供するものであり右事故はその運行により生じたものである。

(5)  従つて被告吉原嘉則は民法七〇九条、被告吉原正生は自賠法三条本文により次記損害賠償の義務がある。

(6)  治療費 四二九、九八四円

但し右は大分赤十字病院における二回目の入院治療費四六二、四七六円の内金である。

(7)  付添費 一七一、三〇〇円

但し右は昭和四四年一月八日以降同年九月二日までの付添費合計額である。

(8)  入院中の雑費 三七、五九八円

(9)  交通通信費 三四、九五七円

(10)  休業補償費 三二〇、〇〇〇円

崔玄日は事故前建設人夫、農業などに従事し一ケ月四〇、〇〇〇円の純収入をえていたが本件事故による負傷のため八ケ月間全く就労できずそのため右額の得べかりし利益を失つた。

(11)  診断書費 一、〇〇〇円

(12)  薬品代 二、二五〇円

(13)  寝具、テレビ借用代、附添人食費など 二四、三〇〇円

(14)  逸失利益 一、〇九一、七〇〇円

崔玄日は五八才の男性であり、前記月収をえていたのでこれより生活費一ケ月一五、〇〇〇円を控除し、就労可能年数を八・六年とし年五分の中間利息を控除すると逸失利益現価は二、一八三、四〇〇円となるがその半額一、〇九一、七〇〇円を請求する。

(15)  葬儀費 一五〇、〇〇〇円

(16)  慰謝料(崔玄日のもの) 八五〇、〇〇〇円

(17)  以上合計額 三、一一三、一三九円

(18)  原告崔順南は崔玄日の妻、その余の原告らはその子であり崔玄日の前記死亡により原告崔順南は前記損害賠償請求権のうち三分の一(一、〇三七、七一三円)を相続し、その余の原告らはいずれもその六分の一づつ(五一八、八五六円)を相続した。

(19)  原告ら自身の慰謝料(崔玄日の死亡、もしくはこれと同視しうる受傷によるもの)

(イ) 原告崔順南 一、〇〇〇、〇〇〇円

(ロ) その余の原告ら 五〇〇、〇〇〇円づつ

(20)  よつて原告崔順南は右(18)と(19)、(イ)の合計額二、〇三七、七一三円、その余の原告らは右(18)と(19)、(ロ)の合計額(一、〇一八、八五六円)のうち金九一五、〇八五円づつ、および右各金員に対する不法行為後である昭和四四年九月三日以降右完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告ら

「請求原因に対する認否」

その(1)は認める。

その(2)のうち崔玄日が頭部外傷Ⅲ型などの傷害を受けたこと、同人が昭和四四年九月二日死亡したことは認めるが右死亡が右負傷に基くものである点は否認する。同人の死因は肝硬変である。

その(3)、(4)は認める。

その(6)乃至(15)は不知。

その(16)は争う。

その(18)のうち原告らの身分関係は認める。

その(19)は争う。

「過失相殺の主張」

本件事故は直進車である被告吉原嘉則運転の本件自動車の進行を無視し、交差点において右折を開始した対向車側(崔玄日の自転車)にも重大な過失がある。

三、証拠〔略〕

理由

一、請求原因(1)は当事者間に争いがない。

二、請求原因(2)のうち崔玄日が請求原因(1)の事故により頭部外傷Ⅲ型などを負つたこと、および崔玄日が昭和四四年九月二日死亡したことは当事者間に争いないが被告らは右事故による負傷と右死亡との間の因果関係を争う。以下この点について検討する。

被告らが右崔玄日の死亡という結果に関して責任を負うためには右事故(これに基く負傷)と右死亡との間に相当因果関係が存しなければならないがこれを認めるに足りる証拠はなく、かえつて〔証拠略〕によると、崔玄日は本件事故による負傷のため大分赤十字病院に再度入院中昭和四四年六月一七日肝機能検査を受け肝硬変であることが発見されたこと、肝硬変発病の原因は現在でも不明とされているが慢性病の性質を有し長期間に亘つて肝障害が蓄積された結果発病し、発病後は不治とされていること(従つて本件事故前から崔玄日の肝障害は進行していたものと推測される)、昭和四四年九月二日崔玄日は右肝硬変により死亡したこと、同人の本件交通事故による負傷は肝硬変発病の直接の原因となりえないことは勿論のこと負傷と肝硬変症状の増大、増悪との間の因果関係も明らかでないことがうかがえる。

よつて請求原因(1)の事故に基く負傷により崔玄日が死亡したとの請求原因(2)の主張は失当であり採用できない(但し被告らが崔玄日の負傷について相当の責任を負うこというまでもない)。

三、請求原因(3)、(4)は当事者間に争いがない。

四、〔証拠略〕によると崔玄日は昭和四四年五月二七日本件事故に基く負傷治療のため大分赤十字病院に二度目の入院をなし、同年八月四日まで同病院で治療を受けたこと、右期間における治療費総額は四六二、四七六円であることが認められる。

しかし前記のように崔玄日は昭和四四年六月一七日肝硬変を発見され、〔証拠略〕によるとその後右病院は肝硬変に対する治療をもなしたことが認められるから右治療費の中には本件事故に基く負傷に対する治療費と前記のように右負傷と因果関係の認め難い肝硬変に対する治療費が含まれているといわざるをえない。そして右肝硬変発見の時期が入院後間もなくであることなどに照らせば右両治療費の割合は五対五とみるのが相当である。従つて請求原因(6)の主張は右治療費総額、すなわち二三一、二三八円の範囲において容認する。

五、〔証拠略〕によると崔玄日は本件事故に基く負傷のため昭和四四年一月九日から同年二月一九日まで内尾外科医院に入院治療を受けその後同年三月二九日まで大分赤十字病院において入院治療を受けたがその間付添看護の必要があり日当一日七〇〇円で付添人を付し合計五二、五〇〇円の費用を要したこと、前記のように再度大分赤十字病院に入院後退院迄の間も付添看護を必要とし、妻である原告崔順南が付添看護をなしたこと、右病院退院後死亡の日(昭和四四年九月二日)までの間も原告崔順南が付添看護をなしたことが認められ、付添看護費が通常一日一、〇〇〇円であることは公知の事実である。

しかし、崔玄日が入院後本件負傷と因果関係の認め難い肝硬変を発見され、その後その治療をも受けたこと前記のとおりであるから請求原因(7)の主張は右記内尾外科医院、大分赤十字病院(第一回入院)における付添費金額(五二、五〇〇円)と大分赤十字病院における第二回入院期間(七〇日間)の一日一、〇〇〇円の割合の付添費の半額三五、〇〇〇円の合算額八七、五〇〇円の範囲内において容認する。

六、原告本人崔正義の供述によると崔玄日は本件事故当日酒井病院に入院し翌日前記内尾外科医院に転医したこと、前記のように同病院に昭和四四年二月一九日まで入院治療を受け、その後同年三月二九日までは大分赤十字病院に第一回の入院治療を受けたこと、その後中津国立病院に一五日間入院治療を受けた後前記のように昭和四四年五月二七日から同年八月四日まで再度右赤十字病院に入院治療を受けたことが認められ、入院中一日少くとも二〇〇円の雑費支出を要すること公知の事実である。

しかし、崔玄日が大分赤十字病院に再度入院後本件負傷と因果関係の認め難い肝硬変を発見されその後その治療をも受けたこと前記のとおりであるから請求原因(8)の主張は右記大分赤十字病院に再度入院するまでの入院期間(九六日間)の一日二〇〇円の割合の雑費一九、二〇〇円、再度大分赤十字病院に入院した期間(七〇日間)の一日二〇〇円の割合の雑費の半額七、〇〇〇円の合計額二六、二〇〇円の範囲において容認する。

七、〔証拠略〕によると崔玄日の前記入院退院に際し同人は交通費六、三五〇円支出したことが認められるが右以上の交通通信費についてはその支出が本件負傷と相当因果関係ありと認めるに足りる証拠がない。従つて請求原因(9)の主張は右額の範囲において容認する。

八、〔証拠略〕によると崔玄日は本件事故前一ケ月のうち一五乃至二〇日間は人夫などとして働き一日の日当少くとも二、〇〇〇円をえ、その余の日は自宅において農業、養豚などに従事していたことが認められるから原告ら主張のように同人の一ケ月平均収入は四〇、〇〇〇円とみることができる。そして崔玄日が事故当日から昭和四四年八月四日まで各病院に転々入院などの治療を受けたこと前記のとおりであるから右期間同人は本件事故に基く負傷のため全く就労不能であつたと推認することができる。前記のように崔玄日は昭和四四年六月一七日肝硬変を発見されたがその後同年八月四日までの前記赤十字病院に入院期間中も本件負傷に対する治療をも受けていたのであるからその間は本件負傷に基く就労不能と右のように推認しうるが、〔証拠略〕によると右病院退院当時崔玄白は労災保険八級該当の後遺症認定を受けていたことが認められるから右退院後死亡までの間の同人の労働能力の喪失率は四五パーセントといわざるをえない。従つて請求原因(10)の主張は一ケ月四〇、〇〇〇円の平均収入に負傷から右記昭和四四年八月四日までの六ケ月と二八日を乗じた二七二、〇〇〇円と四〇、〇〇〇円の半額に二九日(右記赤十字病院退院から死亡までの日数)を乗じた一九、三三三円の合計額二九一、三三三円の範囲において容認する。

九、請求原因(11)はこれを認めるに足りる証拠がなく、請求原因(12)については自ら薬品〔証拠略〕によればシロンという胃薬など)購入の必要があつたと認めるに足りる証拠がないからいずれも失当である。

一〇、〔証拠略〕によると崔玄日の入院中前記付添看護のため寝具を購入しその代金一、〇五〇円を支出したこと、崔玄日の眼鏡、腕時計が本件事故により破損したため、その購入、修理費として計三、五〇〇円を支出したことが認められるが請求原因(13)、の支出は右合計額五、〇〇〇円以外にはそれを(前記容認の雑費以外の支出として)相当と認めるに足りる証拠がないから右合計額の範囲において容認する。

一一、崔玄白の死因が本件負傷と因果関係の認め難い肝硬変であること前記のとおりであるから本件事故(による負傷)に基いて同人が死亡したことを前提とする請求原因(14)、(15)の各主張はいずれも失当であり採用できない。

一二、前記のような治療期間に示される崔玄白の負傷の程度を前提とすれば慰謝料の額は原告ら主張のように八五〇、〇〇〇円(請求原因(16))が相当である。

一三、請求原因(18)のうち原告崔順南が崔玄日の妻であり、その余の原告らがその子であることは当事者間に争いないが崔玄日の死因が本件負傷と因果関係の認め難い肝硬変であること前記のとおりであるから同人の死亡につき原告らが固有の慰謝料請求権を取得することはできず、また崔玄日の負傷がその死に比肩するだけの重大深刻のものであつたと認めるに足りる証拠はない(かえつて同人の年令、前記大分赤十字病院退院時の労災保険に関する認定などに照らすと否定的に考えられる)。従つて請求原因(19)の主張は失当であり採用できない。

一四、次に過失相殺について検討する。

〔証拠略〕によると、本件事故発生現場は中津から耶馬溪方面に通ずる幅員約八・七米の直線道路が幅員四・七米の道路と交差する地点であること、被告吉原嘉則は本件自動車を運転して右直線道路を時速約六〇粁で耶馬溪方面から中津方面に向け道路左側部分を進行中、右交差点手前において前方約五〇米附近の右直線道路反対側部分を対向自転車(崔玄日乗車)が進行してくるのを認めたが右自転車は直進するものと思い約一七・三米程前方を注視せず進行した後再び前方を見たところ右自転車が右折しようとし中央線を越え自己の進路上に進出してくるのを発見し急制動をかけたが及ばず右交差点附近で衝突したこと(従つて同人には前方不注視などの過失がある)、他方、崔玄日は自転車に乗り右直線道路を中津方面から耶馬渓方面に向け進行し右記のように右交差点手前において右折しようとしたこと、右折するに先立ち前方をよく注視しなかつたため被告吉原嘉則運転の本件自動車が直進してくるのに気がつかなかつたこと、従つて右折の合図もせず、また同時に右交差点に入ろうとしている直進車である本件自動車の通過を待つこともなく右折を開始し衝突に至つたこと(従つて同人には前方不注視、これを原因とする無合図、直進車優先無視などにつき過失がある)が認められる。

以上総合すると被告吉原嘉則と崔玄日の過失の割合は五対五とみるのが相当である。

一五、そうすると崔玄日が被告らに対し取得した損害賠償請求権は前記容認すべき損害合計一、四九七、六二一円の五割、すなわち七四八、八一〇円ということになる。

一六、請求原因(18)のうち原告らの各身分関係、および崔玄日死亡の事実は当事者間に争いがない。しかし、崔玄日、および原告らが外国である韓国に国籍を有する者であること本件訴訟記録上明らかであるところ、外国人の相続については、被相続人の本国法によるものであるから(法例二五条)本件相続に関しては日本法ではなく被相続人である崔玄日の本国法、すなわち韓国法が適用されることになる。韓国法においてはわが国旧民法と同じく長男子単独相続(家督相続)制が原則であること当裁判所に顕著であるから別段の反証なき本件においては本件訴訟記録上長男子であること明らかである原告崔正義だけが戸主と推認される被相続人崔玄日の相続人でありその余の原告らは相続権を有しないものと考えざるをえない(大韓民国民法九八〇条一号、九八四条一号、九八五条、九九五条参照)。

一七、よつて原告崔正義の被告らに対する本訴請求は前記五九九、〇四八円、およびこれに対する不法行為後である昭和四四年九月三日以降右完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払請求の範囲において認容するがその余は棄却し、その余の原告らの被告らに対する本訴各請求はいずれも棄却する。

一八、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、九三条一項但書、仮執行宣言につき同法一九六条各適用。

(裁判官 上杉晴一郎)

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